大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和61年(ラ)536号 決定

抗告人 株式会社 武甲

右代表者代表取締役 伊藤吉雄

右代理人弁護士 湯本正道

相手方 木島晴利

主文

原決定を取消す。

相手方は、抗告人に対し、別紙物件目録記載の不動産を引渡せ。

理由

一  本件抗告の趣旨は主文同旨の裁判を求めるにあり、その理由は別紙「執行抗告状」及び「抗告理由補充書」に記載のとおりである。

二  本件記録中の現況調査報告書及び物件明細書によれば、昭和六〇年四月一七日執行官が現況調査のため本件建物(別紙物件目録記載の居宅をいう。これに対し、本件引渡命令申立の対象である本件建物二階西側六畳の間を「本件部屋」という。)に赴いた際、本件建物の所有者藤澤景恵(以下「藤澤」という。)は、執行官に対し、本件部屋を昭和六〇年二月四日相手方に対し賃料一か月五万円、敷金三〇万円の約で賃貸し、相手方はその頃より本件部屋を占有している旨陳述し、その趣旨にそった契約書を提示したこと、そこで、執行裁判所は、本件部屋については売却により効力を失わない権利として右の内容の短期賃借権が存するものと判断し、その旨を記載した物件明細書を作成したことが認められる。

しかしながら、本件記録を検討すると、次の各事実を認めることができる。

(1)  本件不動産競売の申立がされたのは昭和六〇年二月七日であり、本件建物につき差押えの登記がされたのは同月九日であるところ、本件賃貸借契約が締結されたというのは前記のとおり同月四日であって、競売申立の日と賃貸借契約締結の日が極めて近接していること

(2)  本件建物については、相手方を賃借人とし、昭和六〇年二月八日受付で賃借権設定仮登記がされているが、これと同日受付で本件建物につき相手方を債権者とする債権額一七四〇万円の抵当権設定仮登記が経由されていること、また、本件建物の敷地である所沢市和ヶ原一丁目三〇九七番二〇宅地にも右同様の各仮登記がなされていること

(3)  藤澤が執行官に述べた本件部屋の賃貸借契約の内容は、前記のとおり、賃料一か月五万円、敷金三〇万円というのであるが、これにそった契約書とは別に、昭和六〇年二月四日付で、賃料一か月六五〇〇円、敷金三万円とする賃貸借契約書が作成されており、右両契約書の関係、その異同の理由をうかがわせる資料は存しないこと

(4)  相手方は、昭和六一年六月一八日の審尋期日において、本件部屋の賃貸借契約は債権保全の目的もあったことを認め、相手方が本件部屋に立ち入ったのは二度ほどしかなく、相手方の事務員が仕事の関係で使用していたが、一、二か月間使用しなかった時期もある旨あいまいな供述をし、また、本件部屋の賃料は一か月六五〇〇円で、敷金の差入れはなかった旨述べているが、右敷金の点は、前記(3)に記載したいずれの約定とも異なること

(5)  藤澤は、昭和六一年五月二九日の審尋期日において、昭和六〇年二月四日頃相手方との間で賃貸借契約書を作成したことはあるが、それは藤澤に対し譲受債権を有すると称する相手方からの精神的圧力に負けて作成したものにすぎず、相手方に本件部屋を賃貸した事実はない旨述べており、また、藤澤は、抗告人代理人に対し、右と同趣旨の内容の報告書を提出していること

(6)  相手方は、本件部屋の賃料の領収証なるものを執行裁判所に提出しているが、これによれば、賃料の第一回目は昭和六〇年一月三〇日に授受されたこととなっており、同年二月四日に賃貸借契約が締結されたとする相手方の陳述及び契約書の記載と矛盾すること

(7)  本件部屋は格別の設備もない普通の居室であって、自宅と事務所とを有すると認められる相手方が本件部屋の使用を必要とする特段の理由は本件全資料によるもこれを認めるに足らないこと

以上の各事実を総合考案すると、相手方が真実本件部屋を賃借したとは信じ難く、却って、相手方の主張する賃貸借契約なるものは、相手方において立退料等の名目の下に自己の債権の回収を図る目的で藤澤と通じてなした仮装のものにすぎないと認めるのを相当とするというべきである。

三  右の次第であるから、相手方は民事執行法八三条一項にいう「事件の記録上差押えの効力発生前から権原により占有している者でないと認められる不動産の占有者」に該当するものというべく、相手方に対し本件部屋の引渡命令を求める抗告人の申立は理由があるといわなければならない。

よって、抗告人の右申立を却下した原決定は失当であるからこれを取消し、本件部屋につき引渡命令を発することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 野田宏 裁判官 南新吾 成田喜達)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例